直江津港の沿革
〜古代・中世・近世〜
● 奈良時代(8世紀)に越後の国府として栄えた当地方は、海運の発達とともに平安時代(9〜12世紀)には、政治・文化の中心地となりました。
● 上杉謙信が春日山城に居城した頃(16世紀)には、特権として米・塩鮭・綿布・麻布等の販路を京阪地方に求めたことから、大阪はもちろん遠く九州や北海道などの諸港と交易が盛んになり、当港は北陸の要港として栄えました。
〜近代〜
● 明治21年(1888年)に信越線の直江津〜長野駅間が開通したころから、直江津港は、中部日本に達する唯一の海上交通の門戸となり、新潟、小木、伏木等の諸港と貨客船の定期便が開通し賑わいを呈しました。
● 明治31年(1898年)に直江津〜新潟駅間の鉄道が開通し、大正2年(1913年)には北陸線も全線開通したため、鉄道への依存度が高まり当港の取扱貨物量は若干減少したものの、当地域背後での豊富な電力資源の開発により工場の進出が進み、原材料としての塩・石炭・鉱石類等の入荷が年々増加し、アジア各国からの貨物船の往来が頻繁になりました。
● 昭和26年(1951年)には、港湾法に基づく重要港湾に指定され、港勢は著しく活発になりました。
● 昭和35年(1960年)に港湾審議会において港湾計画が策定されて以後、中央埠頭、東埠頭が埋め立てにより造成され、岸壁などの港湾施設の整備も進められ、年々近代港湾としての形態 を成してきました。
● 平成8年(1996年)には、従来の佐渡や北海道への定期フェリー航路に加えて博多港との九州フェリー航路が就航し、現在まで取扱貨物量の大勢を占めています。
● また、平成11年(1999年)のガントリークレーンの供用開始に伴い、韓国や中国との定期コンテナ航路の取扱量も順調に伸びております。
● 平成11年に始まった荒浜埠頭地区の埋立事業は、平成16年11月に約70haにおよぶ火力発電所用地として竣工をむかえました。
● 高速交通網の整備も進み、直江津港は、関東・中部・北陸地方を背後圏域とすることで、国内はもとより北東アジアに開かれた国際貿易港として、人流・物流の拡大と発展が見込まれています。
直江津港沿革年表
| 年号 | 西暦 | 記事 |
| 明治21年 | 1888年 | 信越線長野方面に開通 |
| 明治25年 | 1892年 | 佐渡への定期航路が開かれる |
| 明治26年 | 1893年 | 河口護岸工事(県費による初の工事) |
| 大正2年4月 | 1913年 | 北越線全線開通 |
| 大正9年5月 | 1920年 | 直江津港河口修築事務所(現直江津港湾事務所)が新設 |
| 昭和26年9月22日 | 1951年 | 港則法にもとづく重要港湾指定 |
| 昭和35年 | 1960年 | 関川との河口分離完成 |
| 昭和52年4月 | 1977年 | 日本海側で新潟東港に次いで2番目の5万トン級岸壁完成 |
| 昭和63年6月 | 1988年 | 南埠頭旅客ターミナルビル完成 |
| 平成元年4月29日 | 1989年 | 佐渡航路にジェットフォイル就航 |
| 平成2年7月19日 | 1990年 | 北海道への定期フェリー就航 |
| 平成7年10月30日 | 1995年 | 釜山定期コンテナ航路開設 |
| 平成8年4月9日 | 1996年 | 九州への定期フェリー就航 |
| 平成8年12月31日 | 1996年 | 直江津港年間貨物取扱量が1,000万トンを達成 |
| 平成10年3月17日 | 1998年 | 直江津港港湾計画の実施に伴い港湾区域を変更 |
| 平成10年11月10日 | 1998年 | 丹東・大連定期コンテナ航路開設 |
| 平成11年3月17日 | 1999年 | 直江津港荒浜埠頭の公有水面埋立免許を取得 |
| 平成11年10月1日 | 1999年 | ガントリークレーン供用開始 |
| 平成16年11月16日 | 2004年 | 直江津港荒浜埠頭火力発電所用地竣工 |
| 平成17年4月13日 | 2005年 | 上海定期コンテナ航路開設 |
| 平成19年3月27日 | 2007年 | 直江津港荒浜埠頭火力発電所建設着工 |